我究館OBインタビュー【コピーライター 佐々木 圭一氏】

DATE:2016/04/19CATEGORY:AUTHOR:

こんにちは!
就活塾・キャリアデザインスクール 我究館です。この度、多様なジャンルで活躍する我究館OB/OGの生き方・働き方にフォーカスしたインタビュー連載をスタートいたします。第1弾として、『伝え方が9割』シリーズの著者、佐々木圭一氏にお話を伺いました。

「日本人のコミュニケーション能力をベースアップさせたい」

コピーライター/作詞家/(株)ウゴカス代表/上智大非常勤講師
佐々木 圭一

[経歴]

上智大学大学院卒業後、博報堂に入社、コピーライターとして配属される。自らを「パイレーツ(海賊)」とする伝説のクリエーター、リー・クロウ氏のもと米国TBWA / Chiat / Dayで2年間インターナショナルな仕事に従事。
カンヌ国際クリエイティブアワードで計6つのライオン、One Show Designで日本人初のゴールド賞を、そしてAdFestでゴールド賞を獲得するなど、入賞受賞合計55以上のアワードを獲得。
郷ひろみ・Chemistryの作詞家としてアルバム・オリコン1位を2度獲得。
著書に『伝え方が9割』『伝え方が9割②』シリーズ85万部突破。
博報堂を退職後、2014年1月に株式会社ウゴカスを設立。

クリエイティブ、広告業界で長年活躍されてきた佐々木圭一さん。学生時代、どのような夢を抱き広告業界に進まれたのか。博報堂で見た夢、挑戦、挫折、葛藤。そして今、描く夢。これらすべてをお話いただきました。

Q:自己紹介をお願い致します。

佐々木圭一と申します。コピーライターの仕事をしています。人が何にも思わないものを、買いたいって思うものにするのが、僕の仕事です。あと、CMの制作や作詞なども手がけています。
『伝え方が9割』という本を書いていて、日経新聞で1位をいただいたり、2013年ビジネス書ベスト10で1位をいただいたりしています。この本の売り上げの一部を使わせていただいて、世界の子どもたちの識字率向上のためにアルファベットの本を配るという活動もしていて、すでに64の小学校で配り終えていますね。現在は、バングラディシュの小学校に図書館を作ろうとしていて、ただいま建設中です。


Q:伝え方のプロとして現在幅広くご活躍されていますが、学生時代から伝えることは得意だったのですか。

そんなことはないです。「伝えることがもともと上手だったんでしょ?」と思われがちですが、もともと伝えることが苦手でした。幼少期から20歳までに4回引っ越しをしていて、いわゆる転校生でした。今僕は43歳ですが、小学校時代というともう30年くらい前。30年前の日本というのは、地域ごとに相当方言が強かったですね。行く土地行く土地で言葉が違うから、やっぱりいじめられましたね。話すだけで笑われるみたいな経験がありました。そうすると、人の前で話をするのがとにかく苦手になっていきました。
僕は大学で理系に進みました。何で理系に行ったかというと、文系の微妙なニュアンスが苦手で。語尾を下げるとこういうニュアンスで、上げるとこういうニュアンス、みたいなそういうあやふやなものがとにかく苦手でした。それよりも、理数系の答えが必ず一個しかないというのが心地よかった。そんなわけで、理数系に進み、ロボットを勉強しました。ロボットが好きだったのです。なぜなら、プログラムをしっかり作れば必ず思い通りに動いてくれるから。

僕は機械工学科で自動改札の効率化の研究をしていました。たとえば同じ10台の自動改札があったとして、一方通行と両側通行の自動改札機をどう組み合わせれば、通行量が増えるかということを研究していました。この例でいうと、全部両側通行の方がきっと通る量が多いだろうなと思われますが、実際はそうではなくて、きちんと片側通行を設定して流れを作ってあげたほうがより人が通るということに気付きました。もっと言うと、矢印、たとえば地面に緑色の矢印と赤色の矢印が書いてあるだけで、全く同じパフォーマンスの自動改札機であったとしても人の流れは変わるんですよね。矢印がついてる、ついてないでも変わります。機械自体のパフォーマンスを上げるために、ロボットを制作している人たちがいるのですが、本当はそれより、矢印とかそういう記号をつけたことによって人の行動が変わるというのは、今後面白いことが起きるんじゃないかって思いました。人間工学という分野になります。その当時はよく分からなかったのですが、広告の仕事というのも、これと頭の使い方が似ているのではないかと思いました。全く同じものでも、イメージを変えることによって人の行動を変えるっていう。それを突き詰めたいなと思ったときに、広告に行きたいと思いました。

Q:伝え方が苦手であったにもかかわらず、広告業界に進もうと思われたのですね。

はい、人とコミュニケーションが取れるようになりたいと思ったからです。慶應義塾大学での杉村太郎さん(我究館創立者)の講演がきっかけで、我究館4期生として就活しましたが、ロボット好きだったから最初は車のメーカーの研究者とかになれればいいなと思いました。でも、よくよく我究(自己分析)をしていく中で、自分はどんな人間になりたいのかを考えたときに、実は機械とではなく、人とコミュニケーションを取れるようになりたかったのだと気付いたのです。
でも、人とコミュニケーションをとるのはすごく苦手だし、どうしようと思いました。とにかくアクションしようと思い、OB訪問をたくさんしましたね。僕自身は広告業界の中でも博報堂に行きたいと思っていたので、博報堂のOB訪問を100人。はじめのほうは「何を言っているのか分からない」というふうに言われていました。ですが、OB訪問を重ねていくうちに、だんだん社会人と話をするコツが分かってきましたね。たとえば、大学時代テニスを非常に頑張っていて、一位を取ったことや、上智大学の中で僕のサークルが一番強いサークルだったということを話しました。自分としては誇れるだけのものがそこにあると思っていました。でも、社会人の人は「で?」って。何でなんだというふうに思っていましたが、社会人からすると、テニスをやっていたって別にプロでもないし、お酒飲んで女の子とちゃらちゃらしたかったんでしょ、というふうに思われるんですよね。一方で、僕は高校時代、週末に5つぐらいの山を登っていたので、大学に入るまでに200以上の山を登っていました。大学時代はそこまで登っていなかったのですが、「山登っていました」と話をしたら結構食いついてきました。「どこの山登った?」「すごいね!」「結構大変だったりするの?」みたいな。僕自身としてはテニスの方が相当頑張っていたけれど、社会人からすると山の方が興味あるんだって気付いたりすることができましたね。
こうしてOB訪問をする中で、マスコミ、広告業界にコミュニケーションが上手な人がいっぱいいたので、広告に行きたいなって思いました。こんな人になりたいな、近づきたいなというふうに思った人が一番多かったのが、その当時博報堂で、博報堂行きたいなと、より強く思うようになりました。

Q:博報堂ではどのようなお仕事をされていたのですか。

入社して、僕はコピーライターに配属されました。でもぜんぜん書けなかったですね。それでも頑張りました。毎日300、400ぐらいのキャッチコピーを書き続けました。ですが、どれも選ばれないわけですね。本当に選ばれない。一回の打ち合わせにつき100案ぐらい持っていって見せるのですが、上司が「何もない」って言って、横にあるゴミ箱にバサっとそれを捨てるのです。それが一日に3、4回ぐらい。バサっ、バサっと捨てられ続けます。そうすると、とてもストレスが溜まります。皆さんもストレスが溜まると何かにぶつけたりすると思いますが、僕がぶつけたのは、プリンでした。プリンを1日3つ食べ続けました。そうすると激太りするのですが、でも辞められなかったですね。なぜならば、世の中で唯一僕に甘かったのがプリンだけだったから(笑)。
プリンを食べ続けながらも、唯一やっていたことがあります。それは、世の中にあるいいなと思った言葉をノートに書き記す。それはやっていました。するとあるとき、「あれ、このコトバたち何か似ているな」と気付いたのです。それらのコトバというのは、こちらです。

「死ぬことに意味を持つな、生きるんだ!」(3年B組金八先生)
「ちっちゃな本が、でかいこと言うじゃないか」(講談社の広告)
「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きてるんだ」(踊る大捜査線)

そう、全部正反対のコトバが入っているのです。これはたまたまじゃないぞと。正反対のコトバを使えば、心を動かすコトバになるんだ!というふうに思いました。たとえば、「面白い企画」と言うのではなくて、「面白い」の反対の言葉を入れてあげればいいのです。「つまらない」ですね。例を挙げると、「他の企画がつまらなく感じるほど面白い企画」って言ってあげると、すごく面白そうになりますよね。正反対のコトバを入れると強くなるんだって気付いたのです。僕はこれを「ギャップ法」と呼んでいます。世の中の名言には、結構このギャップ法が入っています。心を動かすコトバには法則があるんだ、作れるんだと思いました。料理のレシピのように。伝え方はセンスではない、技術なんだと。一般的に伝え方ってセンスだって言われていると思います。でも、伝え方は技術なので、誰だって学ぶことができる。伸ばすことができるんです。

Q:’伝え方’は学ぶことのできるものなのですね.

はい。でも、「伝え方」が大切であると分かっていながらも、鍛えたことはないですよね。そういう機会ってないと思います。日本人は「伝え方」を学べないと思っています。
でも、実はそんなことはなくて、アメリカでは教育として明らかに「伝え方」を学ぶ機会があります。小学校3年生からオーラルという授業があって、他の人とどういうふうに対話すべきなのかを学ぶのです。なぜかというと、アメリカは文化としていろんな国から来た人たちが集まった国だから、自分と宗教や言語、考え方の違う人とどうやって話をすべきかを幼少期から学ぶ必要があるからです。中学校では、国語の他に3つの伝え方の授業があります。ディスカッション、スピーチ、ジャーナリズムの3つです。ディスカッション、スピーチはわかると思いますが、ジャーナリズムは何かというと、たとえば自分の学校が制服のある学校だとすると、本当に制服は必要なのか取材してきて、その上で自分の意見を述べるみたいなことをする授業ですね。大学では、スピーチの授業があって、たとえばケネディ大統領のスピーチを完全コピーします。完全コピーというのは、暗記するだけじゃなくて、声のトーンも合わせて、ケネディとなるべく似た声質と抑揚を再現して、服装もケネディが着ていた服と全く同じものかなるべく近いものを探してきて、あと髪型までも似せてスピーチをするのです。そうすると、非常に自分自身のものになりやすいんですよね。アメリカの例があるように、「伝え方」というのは学ぶことができるのです。
かたや日本。「伝え方」というものを全く学ばないですよね。国語の授業はあるのですが、どうやったら人に話がより伝わるかということを全く学ばずして大学までいって、それで卒業していってしまうのです。

Q:佐々木さんの夢をお聞かせ下さい。

夢は、教科書に「伝え方」を載せることです。伝え方の教育をもっと日本に広めたいなと僕は思っていて。日本人のコミュニケーション能力のベースアップをしたいですね。
今思っているのは、中学校の教科書に載せるのがいいかなと思っています。一番伝え方に悩んで、しかも実践がすぐにできそうな年齢だから。もしかしたら小学校の高学年もあるのかもしれないですけれどね。中学校に入ったぐらいがいいのかなと思います。講演をしている中でも、やっぱり中学生は手応えを感じるので、身につけてすぐに使えるのかなと思います。
内容は『伝え方が9割』を、もっとたくさん練習問題とかを入れてすぐ身につけられるという視点で作りたいですね。実際にその場でとにかくたくさんの問題を経験することが重要だと思います。

Q:博報堂を退職されて起業されたのも、夢と関係あるのでしょうか。

日本人のコミュニケーション能力をベースアップさせたいって思ったときに、それを世の中に伝えるためにはメディアに出て行くのがやっぱり大きいですよね。でも、企業にいたら制限がかかってしまう。たとえば、広告代理店にいたらテレビの番組には出にくいのです。自分の会社が担当しているテレビだったら出られますが、他社が担当している番組は、出られないのです。自分のやりたいことをやるには、独立かなと。

Q:就職活動を控えた大学生に何か一言いただけますか。

ある意味今までお話してきたことと反対のことになってしまいますが、伝え方をちょっと変えただけでは内定なんて絶対取れないです。もちろん伝え方によっていろいろ変わります。でも、それよりもやはり信念だったり情熱だったりが重要で、それらを持った上での「伝え方」です。手前の部分の情熱をかけて頑張ってとにかくやり抜くというのがあってこそ、「伝え方」がものすごく活きるというふうに思って下さい。ちょっとの志望動機でうまいフレーズを言ったからって内定なんて取れると思ったら大間違いです。絶対そんなんじゃ取れない。
就活は大変だと思います。大変だけど、自分が変われる人生のビッグチャンスだと思います。今の君らは、受験のときに頑張った並に就活をやっていますか?それだけの時間を就活のために使っていますか?就活で頑張れた人は、社会に出てからもやっぱり頑張れます。今こそ本当に、本気で頑張るタイミングです。頑張って下さい、情熱的に。そして、自分自身が大活躍できる場所で働いて輝いてください。

BACK TO TOP