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創業者について

杉村太郎我究館と、その運営母体であるジャパンビジネスラボは、創業者である杉村太郎の理念に基づいて設立されました。

ここでは、創業者である杉村太郎が歩んだ道のりを、弊社並びに兄弟スクールである「キャリアデザインスクール我究館」の歴史と併せてご紹介いたします。



我究館の設立・【絶対内定】が就活のバイブル本に

杉村は慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業後、1987年住友商事に入社。在職中に大学時代の同級生だった伊藤洋介氏と歌手グループ「シャインズ」を結成。
その後、大手損害保険会社に転職。経営企画に携わる傍ら、研修企画、採用企画など、人材教育に関わる業務を担当。
そこで人事部に所属した杉村は、大学生の意識変革の必要性を実感します。


1992年にジャパンビジネスラボを設立。
働く意義や人生で本当に実現したいことを徹底的に語り合い、本気で自己研鑽する場として、我究館を設立。
就職活動の自己分析ツールとしてワークシートを導入し自我を向上させるメソッドを確立。圧倒的な内定率で学生の就職活動をサポートしました。
その後1995年、杉村は我究館での指導内容を体系化した書籍「絶対内定」を上梓します。
就職活動に必要な全てのことを盛り込んだ「絶対内定」は、初版から現在でも就職活動生に支持され、累計150万部を超えるロングセラーとなっています。


ハーバードケネディスクールへの留学

我究館館長として9年間過ごす中で、杉村は、日本の雇用状況の本質的な問題を解決するために、自ら海外に出て学ぶことの必要性を感じるようになります。
館長としての仕事を行う傍ら、意を決してTOEFLの学習をスタート。猛勉強の結果、2001年ハーバード大学行政大学院(ケネディスクール)への留学を果たします。
ケネディスクールでは、おもにリーダーシップ、マネジメント、国際問題などを学びます。没頭するように勉強に励み、履修した全科目をオールAの成績で卒業しました。


プレゼンスの設立

留学準備のために勉強していた当時、忙しい中での時間捻出に格闘していた杉村は、同様の悩みを抱いている学習者が多数いるであろうことを感じ、その解決策として、留学中の2001年、英語学習とコーチングを組み合わせたスクール「プレゼンス」を設立。
当時の杉村は、プレゼンスで授業を行うため、留学先ボストンから毎週末帰国するという日々を送っていました。


ハーバード大学の研究員へ

2003年にケネディスクールを修了後、帰国した杉村はプレゼンスと我究館で受講生のサポートに尽力。
その後2008年、ハーバード大学ウェザーヘッド国際問題研究所の研究員として、東京とボストンを往復する研究生活に入り、教育・雇用・能力開発などの研究を継続。
2011年8月、7年半に及ぶ闘病の末に永眠しました。


プレゼンス・我究館にはともに、根底には杉村の「自分の目指す夢に向かって本気で研鑽する場」という理念が通っています。

遺志を引き継ぎ、各界で活躍する受講者様、OB・OGの皆様の姿を、杉村は今日も見守っています。


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